80形電車の解説

80形(82号車)紹介

昭和36(1961)年、長い間使われてきた普通(各停)用の旧型車の置き換えと、京津線の輸送力増強・スピードアップを図るために造られたのが80形電車です。

近畿車輛で造られたこの電車は、今までにまったくない新しい考え方で設計されている、優等列車にも使える高性能車両です。乗り降りの時間を短縮するためド アは片側3つとなり、その下には路面ホーム用のステップを備えます。京津線は一部区間が道路と一緒になっているため、その区間内の駅は停留所形式となって いて、大変ホームが低くなっています。

そこで、80形電車では普通の高さのホームも、低い高さのホームもどちらにも対応できるよう、必要に合わせてドア下のステップを出し入れします。ス テップは車体に収まるため、閉じたときに目立ちにくいのが特徴です。車輪も従来車より小さく、台車に空気バネを用いることによって、快適な乗り心地を実現 しました。
前面には大型の曲面ガラスが採用され、丸みを帯びた車体に似合っています。ヨーロッパ調のそのスタイルには、京津線で必要となる「路面」「急坂」「急カー ブ」に対処する要素がすべてまとめられていて、15mという小柄な車体ながら、非常に先進的な技術を用いています。車体の色は緑がかった象牙色と青緑の ツートンカラーで、京阪電車の中で唯一の塗色となっています。

82号車は81号車と一緒に、一番最初に造られた記念すべき車両です。登場した時はスライダーポールという金属棒で集電していましたが、昭和 45(1970)年からは菱形のパンタグラフに積み替えられています。全部で16両が造られ、81~93号車までは両方に運転台がありました。昭和45年 前後から2両編成となり、両方に運転台のあった車両は片側を取り払い、片側運転台となりました。この時、82号車は81号車と手を組み、最期まで離れるこ とはありませんでした。
製造されてからずっと扇風機のみで冷房がありませんでしたが、平成元年からは冷房改造され、屋根がかさ上げされて昔の面影はなくなりました。平成9年(1997)年10月11日に京津線京津三条~御陵間が廃止となり、80形電車は運命をともにしました。

初めての製造から約36年間、主に京津三条~四宮間の普通列車として活躍した80形電車は、鉄道史に誇れる「名車」として、数々の利用者や鉄道愛好者から親しまれ、廃車された今もなお愛され続けています。